日月神示 海の巻 第七帖(四九九)から第十二帖(五〇四)

第七帖(四九九)

 

 今度はまず心の立て直しです、どうしたら立て直るかということ、この神示を読んで悟ってくださいね、今度は悪を無(のう)にするのです、無にするということは善で抱き参らすことなのです、なくすことではないのです、滅ぼすことではないのです、ここのところが肝心のところですから、よく心にしめておいて下さいね。

 

 この世は一つの神で治めないと治まりません、神でくくるのです、人民の力では治まらないのですよ、一つの教えとなって、それぞれに枝葉が出て来るのです、今では枝から根が出て大切な幹(みき)がなくなっているのですよ、中つ代(よ)からの(不明記号)では何も出来ないと言ってありましょう、神と人と一つになって、一つの王となるのですよ、上下(うえした)揃って一つになるのです、善も悪もあなないて、一つの新しき善となるのです、王となるのですよ、八月二十三日、一二(不明記号)。

 

 

第八帖(五〇〇)

 

 せっかく神が与えたお陰も、今の人民では荷が重いから、途中で倒れないように、神示を杖として下さいね、息切れないようにしてくださいね。一つでも半分でも神の御用務めたら、務め得ですよ、何と申しても神ほど頼りになるものはないとわかりませんか、お蔭取り得。破れるは内からです、外からはビクとも致しませんよ。天では月の大神様、道開かす神、出て来ますよ、始末よくして下さいね、始末よく出来れば何事も楽になって来ますよ、火の焚(た)き方から水の汲み方までが変わるのですよ、大切なことなのですよ。嘘はちっとも申されない方ですよ。神示通りに出て来るのです、先の先の先までも見通しつかないようなことでは、こんなタンカは切れないのですよ、お蔭はその心通りに与えてあるではないですか。下の(不明記号)が上の(不明記号)の名を語って来ることありますよ、それが見分けられないようでは取り違いとなりますよ、十人位は神示が宙(ソラ)で言える人を作っておかねばなりませんよ。八月二十三日、一二(不明記号)。

 

 

第九帖(五〇一)

 

  マコトの改心はいよいよとならないとなかなかに出来ないものですが、出来ないことを無理もきかねば今度は越せないこともあるのですよ。天も近くなりますよ、地も近くなりますよ、田舎に都、都に田舎が出来ると言ってありましょう、もう少し人民にわかって来ないと、今びっくり箱開いたら助かる人民一分もありませんよ、早く知らせてくださいね。神急(せ)けるなれど、人民なかなか言うこと聞かないから、物事遅くなるばかり、遅くなればますます苦しむばかりですよ。イロは匂えど散るものです、世の乱れ、神界のイロからですよ、気をつけてくださいね。日(ひ)の本(もと)の国を取ろうとしても、何と騙(だま)しても、御先祖様には何もかも、世の元からの仕組してこのことわかっているのですから、悪のやり方よ、早く善にまつろいなさい、まつろえば悪も善の花咲くのですよ。八月二十三日、一二(不明記号)神示(ふで)。

 

 

第十帖(五〇二)

 

  この方(ほう)、悪神、祟(たた)り神と人民に言われてトコトン落とされていた神ですよ、言われるに言われるだけのこともあるのです、この方(ほう)さえ改心したのですよ、改心のお蔭でこのたびの御用の立役者となったのですよ、誰によらない改心致しなさいな。改心とは、まつろうことです、中行くことです、わかりましたか。今度は十人並のお蔭くらいではマコトの信心とは言えませんよ、千人万人のお蔭を取って下さいな、千人力与えると言ってありましょうが、大事な御先祖様の血統を皆世に落としてしまって、無きものにしてしまって、途中からの替え身魂を、渡って来た身魂を、まぜこぜの世と致して、今の有り様は何事ですか、まだわからないのかなあ、人民もグレンですよ。八月二十三日、一二(不明記号)。

 

 

第十一帖(五〇三)

 

  騙(だま)した岩戸からは騙した神が出て、嘘の世となったのです、この道理わかるでしょう、偽神やら、騙した神やら、次々に五度(ごたび)の岩戸閉めと言ってありましょうが、丹波はタニワ、タニワとは日の本の国です、(世界のことです、丹波とは丹波一とは、)世界の中心ということです、神の本ということです、キミの国です、扶桑の国です、地場です、わかりましたか。地場を固めねばなりませんよ、五十鈴(いすず)の川は六(むつ)の川、和合の川です。社殿(やしろ)は八方(はちほう)に開く時来たら八尋殿(やひろどの)建てて下さいね、マコトの八尋殿。何もわからない無茶苦茶者が、偉そうな名の神憑(かみが)かりして、何も知らない人民をたぶらかしていますが、今に尻尾出して来ますよ、尻尾つかまらないうちに改心して神の道に従って来なさいね。八月二十三日、一二(不明記号)。

 

 

第十二帖(五〇四)

 

 神は人民には見えません、頼りないものですが、頼りないのが、頼りになるのですよ。外国行きとは幽界行きのことですよ。時節来ていても人民心で急(せ)くことのないように、急くと失敗しますよ。あちらに一人、こちらに一人、というふうに残るくらい、むごいことにしなければならないようになっているのですから、一人でも多く助けたい親心を汲み取って、早く言うこと聞くものですよ。ここまで神示通りに出ていても、まだわからないのですか、疑うのにもあまりですよ。

 

 地に高天原が出来るのですよ、天の神、地に降りなされ、地の神と御一体と成りなされ、大日月の神と現われなさる日となったのです、結構ですよ、肉体のことは何とかわかるでしょうが、魂(たま)はわからないでしょう、永遠(とわ)に魂は生き通しですから、魂の因縁のわかる所は、ここの神示より他にはいくら探してもないのですよ。八月二十三日、一二(不明記号)。