日月神示 黒鉄の巻 第三十六帖(六五四)から第三十九帖(六五七)

第三十六帖(六五四)

 

 天界に行く門は輝き、幽界に行く門は闇なのですよ。闇の門は閉ざされ、光の門は開かれていますよ。天界は昇りやすく、幽界には落ちにくいのです。神と金と二つに仕えることは出来ません。そのどちらかに仕えなければならないと、今までは説かしていたのですが、それは段階の低い信仰なのですよ。影しかわからないから、時節が来て居ないから、そう説かしていたのですが、この度、時節到来したので、マコトの道理説いてきかすのです。神と金と共に仕えまつりとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることです。嬉し嬉しとはそのことです。神と金と二つとも得ること嬉しいでしょう。その次には霊の霊とも共に仕えまつりなさい。まつれるのですよ。これが、まことの正しき道なのです。今までの信仰は何処(どこ)かに寂しき、もの足りなさがあったでしょう。片親がなかったからです。天に仕えるか、地に仕えるかであったからです。この道はアメツチの道ですと知らせてありましょう。清くして富むのがまことです。地も富まないといけないと言ってありましょう。これから先は金儲けばかりも出来ません。今までのような、神信心ばかりも出来ません。神の道を進むものは嫌でも金がたまるのです。金がたまらなければ深く省みよ。道に外れていますよ。人は罪の子ではない喜びの子です。(旧九月八日)

 

 

第三十七帖(六五五)

 

 宇宙は人間の心のままと言ってありましょう。宇宙は未完成のものと言ってありましょう。永遠に未完成であり、弥栄なのです。そこに生命あり、喜びあるのです。大神の中で、宇宙はなりなりているのですから、ナリ、永遠になるのですよ。不変の中に千変万化、自由自在の存在を与えてあるのです。(旧九月八日)

 

 

第三十八帖(六五六)

 

 人間の死後、自分の命(いのち)の最も相応(ふさわ)しい状態におかれるのですよ。悪好きなら悪の、善好きなら善の状態におかれるのですよ。皆々、極楽行きです。極楽にもピンからキリまでありますよ。神の旨に添う極楽を天国と言い、添わぬ極楽を幽界と言うのです。心の世界を整理しなさい。そこには無限のものが、無限にあるのですよ。神の道がわかれば、わかっただけ自分がわかります。

 

 めでたさの九月八日のこの仕組、とけて流れて世界一です。白銀、鉄、これで終わり。(旧九月八日)

 

 

第三十九帖(六五七)

 

 ひふみ神言

 

 ひふみゆらゆら。

 

 ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら。

 

 ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら。

 

 天地(あめつち)の数歌(かずうた)

 

 ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここノ、たり。

 

 ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここノ、たり。

 

 ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここノ、たり、もも、ち、よろづ。

 

 

 ひふみ祝詞(〇印は拍手)

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

  ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 そをたはくめか うおえ にさりへて のますあせゑほれけ

 

 

いろは祝詞(〇印は拍手)

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 いろは にほへとち りぬるをわかよ たれそ つねならむ

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 うゐのおくやま けふこ えてあさき ゆめみしゑひもせすん

 

 

 アイウエオ祝詞

 

(〇の中にン)㋒うアイウエオ カキクケコ サシスセソ タチツテト

 ナニヌネノ ハヒフヘホ マミムメモ ヤヰユヱヨ

 ラリルレロ ワヰウヱヲ㋒(〇の中にン)